大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和43年(行コ)32号 判決 1968年11月28日

控訴人

東京都練馬区長

片健治

右指定代理人

小林定人

ほか四名

被控訴人

大島太郎

代理人

大野正男

大橋堅固

山川洋一郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

当裁判所も控訴人のした本件代表者証明書交付拒否処分は、違法であつて取消を免れないものと判断する。その理由は、原判決の理由の部の記載のうち五、を次のように改めるほかは右記載と同じであるから、ここにこれを引用する。

五、ところで地方自治法(以下法という)第二八一条の三第一項は、「特別区の区長は、特別区の議会の議員の選挙権を有する者で年令満二十五年以上のものの中から、特別区の議会が都知事の同意を得てこれを選任する。」と定め、また同法施行令(以下令という)第二〇九条の七第一項は、「地方自治法第二八一条の三第一項の規定により特別区の議会が当該特別区の区長を選任しようとするときは、特別区の議会は予め特別区の区長の候補者を定め、文書を以て都知事の同意を得なければならない。」と定め、特別区においては、区長候補者の決定及び区長の選任が区議会の権限とされている。従つて、右法及び令の下位規範である特別区の条例は、これらの規定に違反するような内容の事項を制定し得ないことは明らかである。

被控訴人が制定請求をしようとする別紙「練馬区長候補者決定に関する条例(案)」をみると、その骨子とするところは、練馬区議会が区長を選任するに当り、全区民の自由な意思が正確に反映されるよう、民主的な手続を確保する目的で(第一条)、区議会が令第二〇九条の七第一項に規定する区長の候補者を定めるに当つては、区が実施する区民の投票の結果に基づいてこれを行うものとし(第二条)、その区民投票は、区議会議員の選挙権を有する年令満二五年以上の者で区長候補者になろうとする旨を区議会に届け出た者について(第三条)、区の選挙人名簿に登録されている者が行なう(第六条)というのである。この内容は区議会が行なう区長候補者の決定を区民投票の結果にかからしめることによつて区議会の区長候補者の決定の自由を拘束し、区議会の有する区長候補者決定の権限ひいて区長選任の権限の実を奪い、いわゆる区長公選制と同様の結果を得ようとするもので、強行法たる前記法(及び令)の規定するところを潜脱しようとするものではないかともみられるのであつて、被控訴人がこれを条例で制定し得ない事項であるとしたのは、かなり理由があるようにも考えられる。

しかし、別紙「練馬区長候補者決定に関する条例制定請求書」の一、条例制定請求の要旨によれば、立案者としては、右条例案は現行の法及び令の規定によつても許される範囲内で立案しようとしたものであることがうかがわれないではないこと、条例案第二条に「区民の投票の結果に基づいて」という「基づいて」の文言は、通常「根拠として」「基礎として」の意であり、「尊重して」「参考として」の意に用いられることもあり、右条例案がこれを区議会の候補者決定の拘束を意味する用法に従つて使用したものとばかりは断定しがたく、被控訴人も指針ないし重要な参考意見にするとの趣旨であると主張していること、もともと区長候補者決定権をもつ区議会は、その候補者選出の方法について自律的に決定する権限ももつものというべく、自ら決定したその選出方法に拘束されるのは当然であり、その場合前記のような区長公選制と同様の結果となる方法をとることは許されないが、仮にこの条例案が所定の署名を得たうえ、区議会に付議されることとなつた場合においても議会はなおこれが採択を拘束されるものでなく、議決の要なしとして全面的にこれを否決することができるばかりでなく、案が違法であるとして否決することができ、このような違法な方法であるとの疑がないように原案を修正することがいちがいに不可能であるとはいえず、またこの修正によつて必らずしも議案の同一性が失われるとも考えられないこと等を勘案すると、右条例案が法及び令の規定に違反するものと即断するのも早計であるといわなければならない。

結局本件条例案は、条例で規定し得ない事項または条例の制定請求をなし得ない事項を内容とするものであることが一見極めて明白であるとまではいえないというほかない。

従つて、控訴人が被控訴人に対し代表者証明書の交付を拒否したのは、拒否すべきでないものを拒否したこととなり、令第九一条に違反した違法があるというべきである。

よつて本件控訴はこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(小川善吉 小林信次 川口富男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例